まったく根拠なき偏見を抱きがちで
そのまったく根拠なき偏見ゆえに
凡人であるわれわれは偉人と自分を比較して
苦しみ悩むのであるが
聖アウグスティヌスは
若い時の不品行を正直に
懺悔として告白し
(解説によると本書は懺悔録という日本語名であったということだ)
「邪教である」マニ教の教えに感化され
周囲の人間をも「折伏」?した罪を
またもや懺悔している
その正直な態度に
聖人もまた人間である
とわれわれはほっ、と胸をなでおろすのである
というか
少なくとも
私はほっ、と胸をなでおろしました
後半はキリスト教の神への賛美が綴られるのであるが
本書を読んでいるまさに
神への賛美をアウグスティヌスが「告白」している文章を私が
読んでいる時期に
橋下大阪市長による
アメリカ兵風俗使えよ発言事件が
起きた
「神の国」(アメリカ)の軍隊に風俗使えよ
というのは
天皇の国の未開の住民から
発せられた
言葉で
聖アウグスティヌスが
橋下大阪市長の発言を聞いたら
アメリカ軍関係者のように
「ありえない」と答えるのだろうか
だが「神の国」(アメリカ)の兵士は沖縄の女性をレイプしている
そのことは彼もまた人間である
と笑ってはいられない
この「神の国」の兵士による
沖縄の女性へのレイプを
聖アウグスティヌスはどう捉えるのだろうか
それとも
彼が行なったように
若い頃の過ちとして「告白」すればよいと
すすめるであろうか
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