本を読むしても本屋行って衝動買いは馬鹿らしく思えてきたので柄谷行人、浅田彰らの教えに従い読んでいきます

2013年6月3日月曜日

アリストテレス 詩学

本書を読んで
驚くのは
劇(ドラマ)に対する
批評が
すでに紀元前において
アリストテレスによって確立されたということだ
このことは
演劇を含む「芸術活動」を
現代「21世紀」の「若き芸術家」に散見される
魂の咆哮?絶叫?と捉える「芸術観」に
対する「批評」にもなってしまっている
ちなみに岡本太郎の
「芸術は爆発だ!」は魂の絶叫の「吐露」であろうか
そうではあるまい
なぜなら彼は
多くの労働者とともに
太陽の灯を作ったのである
つまり「芸術」はそこにおいては「労働」なのである
であれば
岡本の「芸術は爆発だ」は
「現代21世紀の若き芸術家」への「超自我」による慰めである
岡本太郎もアリストテレスも芸術の実作の方法論
つまり「労働」を重視しているのであって
芸術家の苦悩は制作していく上での
「自意識」でしかなく
よけいな夾雑物として認識しているのであろう
ところで
「若き芸術家」の魂の咆哮であるが
それは
夭折した(亡くなったのは20世紀だが)ロック・ミュージシャン・カート・コバーンのギターのリフに表現されているのであろうか

聖アウグスティヌス「告白」

偉人に対してわれわれは無謬であるという
まったく根拠なき偏見を抱きがちで
そのまったく根拠なき偏見ゆえに
凡人であるわれわれは偉人と自分を比較して
苦しみ悩むのであるが
聖アウグスティヌスは
若い時の不品行を正直に
懺悔として告白し
(解説によると本書は懺悔録という日本語名であったということだ)
「邪教である」マニ教の教えに感化され
周囲の人間をも「折伏」?した罪を
またもや懺悔している
その正直な態度に
聖人もまた人間である
とわれわれはほっ、と胸をなでおろすのである
というか
少なくとも
私はほっ、と胸をなでおろしました
後半はキリスト教の神への賛美が綴られるのであるが
本書を読んでいるまさに
神への賛美をアウグスティヌスが「告白」している文章を私が
読んでいる時期に
橋下大阪市長による
アメリカ兵風俗使えよ発言事件が
起きた
「神の国」(アメリカ)の軍隊に風俗使えよ
というのは
天皇の国の未開の住民から
発せられた
言葉で
聖アウグスティヌスが
橋下大阪市長の発言を聞いたら
アメリカ軍関係者のように
「ありえない」と答えるのだろうか
だが「神の国」(アメリカ)の兵士は沖縄の女性をレイプしている
そのことは彼もまた人間である
と笑ってはいられない
この「神の国」の兵士による
沖縄の女性へのレイプを
聖アウグスティヌスはどう捉えるのだろうか
それとも
彼が行なったように
若い頃の過ちとして「告白」すればよいと
すすめるであろうか